個展「猫リョーシカの集いin仙台」開催中です
またまたブログでの宣伝を忘れていました…
仙台の「またたび堂」さんhttp://matatabido-sendai.comで現在個展を開催中です。6/12までです。
東北での展示は初めてになります。
旧作の油彩からほぼ新作の猫リョーシカまで幅の広い展示になります。
お近くにお寄りの際は是非覗いてみて下さい!
6/2 6/3にはワークショップもあります。
詳細はまたたび堂さんまでご連絡をお願い致します!
のんさんの後ろの壁が好き
「能年玲奈さん」改め「のんさん」のラインモバイルのCMがとっても好きです。
キリンジのエイリアンズが美しい。
のんさんが美しい。
背景の壁が美しい。
全てがしっくり来てて本当に綺麗。
以前絵とか描く前、美術の仕事をやっていました。主にCMなどの広告が中心で。勿論デザイナーさんとかカッチョイイ物ではなく「塗り屋」と「塗装屋」とか呼ばれるセット全般の塗りの仕上げをする仕事です。(塗り屋も僕的には超カッチョイイですけどね)
小道具などから壁面の左官、塗装、セット自体の汚しなどなど…
作ったセットを撮影できる状態に仕上げる仕事です。
ミニチュアなどや、小規模な物はなるべく1人や1〜2人程呼んでミニ親方で仕事を取り、大きいものは別の塗装屋さんの傘下に入って作業をするといういわゆる風来坊。
元々がお絵かきが専門だったので、会社に勤めてたとか有名どころの下についてたとかではありません。
なので単純に左官のスピードや塗装のスピードなどはちゃんと下積みをやってきた方達には叶うわけもありません。
それでもそれなりの報酬で極極好き者な一部の人達に重宝されてた(と、思う…多分…)のは「プロの職人さんとアプローチが全然違う」からだと思います。適材適所で上手く使ってもらえれば結構役に立ってたみたいです。
生粋の職人さんて勿論凄いのですが、慣れすぎてるあまり職人さんの落とし穴って少なからずあったりもします。
少し違うことを要求されると途端に作業レベルが下がったり、デザイナーさんや監督さんの頭のイメージを全く理解しようとしないで、単に作業として突っ走る傾向がある方も多い気がします。(勿論そんな事もない素晴らしい方も沢山いらっしゃいます!)
自分の中に確固たる作業手順がパターン化され過ぎてる弊害です。
案外それでもどうにかなっちゃうんですよね。
仕事全体のレベルの到達点がぴったりきてればそれで十分過ぎるほど十分ですし。
仕事は仕事。さっさと終わらせて一杯ひっかけたいのも全くもって正し過ぎます。
でも、そんな仕上げでは満足できないデザイナーさんとか監督さんもやっぱり居ます。
そんな方々にとってみると、あまり見たことのない方法や訳の分からん工程で思ってた以上の仕上がりを見るのはやはり楽しいらしいのです。
基本1人で全てをこなして行く作家の作業とは違い、映像の仕事は凄まじい人数が一つの作品に関わっています。CMなんかは、たった数十秒だけの為に。
仕事である以上クライアントが納得行くことが大前提だと思うのですが、やはり実際に作る現場の人間たちだってハイハイ言いなりだけで作るのではなく、自分らのやりたい事や試したい技術。新しい表現、色んな希望、野望があるはずです。
またそれが不規則で過酷な仕事を続くけて行くモチベーションにもなっているはずです。末端の1職人である僕だってそうでした。
ぼくが塗りの仕事をやり始めた10年以上前って、ムービーと呼ばれる映像の仕事よりグラフィックと呼ばれる紙媒体中心の静止画の仕事が多かったんです。
最近の物とは比べ物にならないほど凝った仕事がとても多くて、静止画なので完全に写真で絵を作っていく感じ。あーでもないこーでもないとたった1ショットの為に。
ラインモバイルのCMを見てるとその頃のグラフィックのシンプルでストイックな緊張感とレベルの高い仕事を、さにげなくサラッと見せてる美しさを思いだします。少し懐しい郷愁も感じたりして。
あのCMが流れると部屋の空気がカツッと変わります。
元、壁を作ってた人から見ると、あのシンプルに見えるな壁は大変くせ者で、打ちっ放し風なのに下の層から壁の素材と関係無い色味がチラチラ覗いてます。
それも塗装の痕跡が見えるという具体的な設定が無さそうな抽象的な曖昧さ。(あるのかもしれないですが)それが色みの少ない画面を冷たさから救っていて美しいんです。
左官のテクスチャーも残すべき所に残してあるので、確信的な配置です。
パネルの継ぎ目?も良い配置。絶対にモニター見ながら指示を受けて強弱も作りこんでます。(それをやってなかったらそれはそれで素晴らしい!)
うち枝なり、葉っぱの影なり右上あたりに入れたり、木漏れ日なんか入れちゃったりが全く無いところもストイックで美しい。照明も全体が淡い光で、少しきつめの照明は右腕の一部のみという抑制が効いてます。
キリンジの言わずと知れた名曲「エイリアンズ」もぴったりハマってますし、久々に見たのんさんの性別不詳な色気には驚きました。こう言う成長の仕方は珍しいですね。
よくぞ全国区に使ったという企業の反骨心も大好きです。
静かだけど丁寧でレベルの高い仕事から携わった方々のたしかな熱量が伝わります。
あまちゃんも観てないし、ラインとかも知らないし、ラインモバイルとかも全く興味無いんですけど、このCMは本気で素晴らしいなーと感動してたりする次第です。
なもんで今更キリンジのベストとか買ったりして…若干応援の鉾先間違えてるような気もしますが。
なんだかチラッ見た第2弾も雰囲気良さそうだし今後も楽しみにしてます。
愛情もないのに雑に猫や動物入れてお茶を濁してる広告はいいかげん見たくないなぁ。
個展「混沌な平和」無事終了致しました
4/3をもちまして京橋メゾンドネコさんでの2回目の個展「混沌な平和」が無事終了致しました。
ご来廊の皆様、企画して下さったギャラリー様、苦労させてる家族(苦笑)モデル兼邪魔係のコマメ(ウチの猫)本当に本当にありがとうございました。
歳はくってる割に作家としてのキャリアは浅い僕なので、未だに迷いまくって手探りで作品を作っています。
表現方法がコロコロ変わるので初見のお客様なんかは展示をグループ展と勘違いされたりもします。
確かに…それは自分でも相当自覚はあるのですが…
それでも最近になって、「全部山下さんの作品ていうのがちゃんと分かりますよ」と言って下さる方も少なからずいたりして。
以前より油彩の作品が目につく今回の展示をみて、お客様が「猫リョーシカ、異常なペースで作りすぎてないですか?山下さんてやるだけやったら急にパタッと作るの止めたりとかしそうですよね」などと笑いながら話してくれたりすることがあったのですが、「うっ鋭い…たしかに急にパタッ止めないとは全く言い切れないですね」と笑顔で即答してしまいました。
ゲッ 僕という動物の習性を分かっていらっしゃる。(バレている…)
しかも「ずっと作って」などとは全く言わず、僕の不安定な我儘っぷりを笑って楽しんで下さってるふしがある。
これは本当に感謝するべきことです。
表現の表面づらでは無く根底の核を楽しんで下さってるのかなと良い方に解釈をして勝手にものすごく感動しています。
ああ、再出発からたった数年の創作キャリアですが正直にやりたい放題制作してきて良かった。
筆で飯を食いつつも考える事を放棄し、自らの価値観を封印して10年以上仕事をしていましたが現在、応援して下さるお客様のおかげて、なんとか「自らの価値観を押売りして我儘な作品らしき物」を作り続けられています。
どうにかまだしばらくは頑張れそうです。
これからも世の中に唾を吐きつつ、醜い作り笑いで苦難を乗り切り、バカだけどめちゃくちゃ可愛いメス猫とともに側道を堂々と歩いて行きたいと思います。
よろしければまた展示などに足を運んで頂けたら嬉しいです。
本当に本当にありがとうございました!
写真は新作猫リョーシカ「UNZA !UNZA !CURL UP!!」
あー動物も植物も微生物だか菌類だか人間だかとか世界がもう少しだけでも平和になりますように。
「混沌な平和」ということについて
3/28で個展「混沌な平和」の前半が終了致しました。
天候が優れない日も多いなかわざわざ足を運んで下さった皆様、まことにありがとうございました。社交辞令では無く本当に感謝しております!
休みを挟み、残すところ後半はあと4日となりました。
展示の題名、「混沌な平和」について僕の思いを少し。
絶対的な平和などこの世の中にはありえる筈が無いのは当たり前です。
何処かの国の平和も何処かの国の犠牲の上に成り立っています。あぁ国というか、人というか世界そのものがですね。
世界の状況は常に変化して行きますし。生き物は産まれて死に、また次の命の糧となります。物質は壊れても資源を使い新たにまた作り出されます。
混沌としているということは受け入れざるを得ない当たり前な現実なのですが、それを恐れ怯え、不安過ぎるあまり人間は様々な、時には信じられないくらいの愚かな行動をしてしまいます。近年は愚かさの相乗効果で相当なレベルになって来てる気がします。
やはりなるだけ愚か過ぎる混沌だけは本気で避けないとまずいんじゃないかななんて近年本当に感じております。
というかこの後に及んでも愚かさを自覚出来ないで突っ走っているとと本当に本当にとりかえしのつかなないことに…
あっもう順調とりかえしつかなくなってるか…
僕もまたしかり、愚かな人間の群の中の1匹です。(若干群れからはずれ、ずっと迷子気味てではありますが)
常に自分の精神も混沌としてますし、お財布状況も超混沌としてますし、行動も全く辻褄が合わせられません。
それでもこうやってのうのうと絵なんて描いたりして直接命の危険に晒される事もなく、優雅に暮らしているのです。
ホント生意気です。ごめんなさい。僕の分際で。
「混沌な平和」を受け入れて生きることを前提とせざるを得ないならその「混沌」は必要以上に愚かなものにはしたくないなぁと僕自身は思っています。だからといって混沌自体が問題なのではありません。
逆に世界が整理され過ぎたら、多様性が認められない異常事態です。それは僕が幼少のころから最も憎むべき価値観。意地でもそこに加担したくはありません。
「混沌を認め、混沌の中でなるだけ冷静に自分で物事を判断出来るように努めてみる」その位の謙虚な意識があれば心穏やかに細やかな平和を享受できるのでしょうか。
当たり前の現実?としての「混沌な平和」の意味について書こうと思ったのですが、書いてるうちに、僕の求める「混沌な平和」ってなんだかよく分からなく、難しいような気がしてきました。
自分でも訳わからず、自信が持てないので制作する事によって確認したいのかもしれません。
とりあえず今現在の僕にとって「混沌な平和」を表現するのに相応しいモチーフはやはり猫です。こいつらは正しく理屈が通じず混沌としていますし、争いは極力避ける平和主義者でもあります。人間だと混沌は相応しいのですが平和がなんかしっくりこない。
人間、僕、もう少ししっかりしないと!
京橋メゾンドネコ「混沌な平和」
後半は3/31から4/3までです。
お時間が合いましたら僕の迷える「混沌な平和」を是非チラ見して、微妙な煮え切らない気持ちになって頂けたら幸いです。
画像の作品は新作「ベリーのパンケーキ」
食卓を囲んで「おやつ」が家族で食べれる状況ってとっても平和で美しいと思います。
お迎え先が決まってますので実物を見る機会は今後は無いかもしれません。
憧れのカンブリア期と憧れの小島アパート
個展開催2日目の土曜の朝、猫とお風呂でイチャついていると見知らぬ番号から電話。
ああっ!!そういえば近所の「小島社会教育館」にカンブリア期の生物の講演会をノリノリで予約してたのをすっかり忘れてた…
あまりにもローカルなネタなので少し説明しますと、小島社会教育館とは1960年代に建てられた味わい深い都営住宅「小島アパート」にある公営の多目的施設です。
小島の環境は、近くには日本で2番目に古い商店街「佐竹商店街」がある下町バリバリの土地柄です。
学生時代から小島アパートの前は僕の生活道路になっていて、もう何十年も一度入ってみたいなーと憧れてました。
先日、カミさんと散歩中小島アパートの下になにやら楽しそうな張り紙を発見。
やる気あるのか無いのか?そもそも何故小島でカンブリア!?という疑問と共に「もしかして好物の講演にかこつけて少し小島アパートに潜入出来るチャンスか!と思い、電話で講演の予約を入れていました。受講料は500円、安っ!
もう少しガラスは綺麗にした方が…
忘れてたのを「日曜と勘違いしてました!」と電話で嘘ついたのは優しい嘘ということで勘弁して下さいm(_ _)m
不用意な6角形レイアウトのせいでアノマロカリスがマロカリスに…
教育館はなんだか僕が過ごした小学校のような郷愁を感じました。
で、話を戻しますと、
時間を過ぎてもいっこうに現れない僕に教育館のおにいさんががわざわざ電話をかけて来てくれました。
「す、すみません!!30分で行けます!」と服を着てチャリンコでダッシュ。
1時間半の講演に30分以上遅刻して到着。
何故台東区小島の古いアパートででこの講演???というどマイナーなイベントなので、下手したら講師の方とマンツーマンか!?とワクワクして急ぎましたが、着いてみると僕も入れて9人居ました(笑)
見回した感じ44歳の僕が1番若そう。
呼び出しをくらい大遅刻をかましたくせに、1番前のかぶりつきのアリーナで、受講して来ました。どんな面白い映画でも100%寝てしまう僕なので、ウトウトした瞬間が多々あったのは決して内容の所為ではありません。
内容は5億年だか6億年だか前のカンブリア期の生命大爆発の簡単な流れを紹介するものでしたが、化石のレプリカをじかに触りながらの豆知識や、日進月歩のこの業界での古生代の生物の解釈の変節などは本などを読むより楽しいものでした。昨年の東京科学博物館での企画展示などと現在とで、もう大分解釈が違ってるそうです。
台東区小島の古いアパートの広い会議室の隅でピカイヤやオットイアの話にときめくたった9人のおっさんおばさん。(小島アパートの住人が多いのかな?)
70〜80代とおぼしき老婦人が「大陸大移動で海は随分変わりましたよね〜」などと講師の先生と楽しそうに話してる風景。
講師の学者先生にアノマノカリス等のフィギュアはいくらで何処で買えるのか?など御門違いな質問して混乱させる60代くらいのおっちゃん。
なんとも微笑ましく平和な空気感に思わず笑みが溢れてしまいました。
呼び出しくらって愛する猫を振りほどき、大遅刻で行った甲斐がありました。
教育館のおにいさん、講師の先生、ご迷惑をおかけいたしました。電話下さりありがとうございましたm(_ _)m
ギャラリーオープンまで少し時間が空いたので近くのカレー屋で昼食を済ませ店の時計を見ると、エッもう間に合わない!?という時間!
携帯を見ると、カレー屋の時計が10分以上進んでます…あ、大丈夫。ギャラリーには間に合うわ。
遅れてるんじゃなくて進んでるというのが、台東区小島時間なのかーと腑に落ちたような腑に落ちないような…。
で、遅刻魔が現在京橋で個展を開催中です。
猫と絵が好きでマトリョーシカなんかにも興味があるかなーなんて方は是非覗いてみて下さいませ。
http://www.office-taira.jp/m-neko/gallery/201703_yamashita.html
以前作った「コセイダイ」猫リョーシカ
以外にすぐに里子に出てビックリでした。
人を信じるという事
丸の内オアゾのキャットアートフェスタ2017にご来場の皆様、僕の作品をお買い求め頂いた皆様、運営側の皆様、新参者の僕をハブにする事なく、迎えてくれる作家仲間の皆様、誠にありがとうございました。
イベントのポスターやDMに写真を使っていただいたおかげ+運営側の出したフリーペーパーに僕の記事を載せて頂いたおかげ…などで今までに無いスピードで作品が旅立ちました。
元々猫度が若干薄いラインナップだったせいもあり、2日目終了までには立体は猫の割合を他の動物が上回ってしまってい、おかしな事に。
「猫が人気でもう無いんです〜」なんてバカの癖に調子こいて自慢気に接客してなんとか猫以外もプッシュ致しましたが、やはり中々難しいですね…
なんせ「キャットアートフェスタ」ですしね。
でもそんな中、やはりおヘソの曲がった素晴らしい方がほんの少しだけいらっしゃり、猫以外をご購入頂いたりすると、感動的ですらあります。本当にありがとうございます。
40年以上生きていれば僕のような物でも少しは色々ございます。
幼少の頃、おばあちゃんに「一生反抗期」とお墨付きを頂いた僕ですが、グレたわけでもなく引きこもるわけでもなく、なんと無くお絵描きなんかしててもかといって「アート」なんてもんも心の底から信用していない中途半端なマイノリティーである僕は、常に自分を騙して生きていました。
最近になりやっと少しずつ吹っ切れてきているので、周りの環境もじわじわ変わっています。
仕事上でもメジャー仕事、マイナー仕事、筆を持っての肉体労働、などなど様々やりましたが、気を許すと騙されてたことも少なくはありません。
薄々わかっているのですが、背に腹は変えられないので、気づいてないふりをしたりして、騙され額を最小に抑えつつ小銭を稼ぐ日々でした。いや 未だにそんな日々なのかもしれません。
あ、あれ?死ぬまでそうな気もしていますよ。
でも仕方がありません。だって騙された以上に僕も人間や動物を裏切ってきましたし。
生き物は勿論単独で生存することなどできる訳も無く、環境から役割を担っていくものです。
よくある「生きているんじゃ無くて生かされているんだよ❤︎」てな奴です。口に出すと白痴な綺麗事に感じ、なんだかためらわれます。「宇宙船地球号❤︎」てな感じ(は、恥ずかしく陳腐な表現…)
茶化しつつもやはりそれは真理なわけで、自己という虫ケラ1匹がいくらいじけようが拗ねようかどうでもいい事なんですよ、世界にとってみれば。
ということでボチボチ素直に色々心から感謝なんぞしても良いお年頃になってまいりましたので、少しずつ人間を信用してみようと思います。勿論、自分も信用されなくていけません。恩は返さないとバチが当たります。
展示が終わったからといってダラダラと風呂で数人しか見ないブログを書いてる場合では無いということなのです。
個展も近いのでわざわざ見にきてくださる方々を裏切らないようサッサと制作しなければ。
文章を書くことで追い詰められるかな?と特にテーマも無いことをダラダラ書いてしまいました。
ごめんなさい。
3/24から京橋メゾンドネコで個展が始まります。お時間ありましたらチラッと覗いてみて下さいませ。
http://www.office-taira.jp/m-neko/gallery/201703_yamashita.html
丸の内オアゾcatアートフェスタ
また此方で告知を忘れておりました。
丸の内オアゾの丸善4Fでキャットアートフェスタ3/2まで開催中です。
ご興味のある方はどうぞよろしくお願い致します!
http://www.enjoytokyo.jp/phones/shopping/event/1248219/